大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)69号 判決

一、原告が昭和二九年二月二四日に原告主張の徽章の考案について実用新案登録を出願したが(同年実用新案登録願第五五四一号)、昭和三〇年一月一三日に拒絶査定がされたので、同年二月二四日抗告審判を請求したところ(同年抗告審判第三九三号)、昭和三五年七月六日に右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決があり、同月一六日その審決の謄本が原告に送達されたこと、右出願考案の要旨は、原告が昭和三〇年五月二六日に提出した訂正説明書および図面(甲第七号証)に示すとおり、「表面に内向周縁(2)を有する輪体(1)の内周にネジ山(3)を設けて内部に透明円板(4)を収容して周辺を内向周縁(2)の内側に接合すると共に裏面に周縁(5)を連設せる着脱円板(6)の外周にネジ山(7)を設けて前記輪体(1)の内部に螺着して成る徽章の構造」にあること、および右実用新案登録出願を拒否すべきものと認めた本件審決の理由は、原告の考案を右のとおり認定したうえで、右考案を原査定が右出願の拒絶理由に引用した昭和一七年実用新案出願公告第一三三六〇号公報に記載された徽章と比較して、両者の相違は単に輪体と円板とが螺合的であるか接着的であるかの違いである、とし、この点について審理するのに、一般に固定手段として螺合、溶着、接着、かしめ止め等が必要に応じて随時採用されていることは技術常識であり、徽章においても例えば昭和一七年実用新案出願公告第二〇〇四号公報に示されたものでは台坐と止縁が螺合していて、家紋を随時反転できるものであつて、このようなことから考えると、本願において螺合手段を採用したことは容易に考えられることであり、この点に考案の存在を認めることができないとしたものであることは、当事者間に争がない。

二、右のとおり当事者間に争のない本件登録出願にかゝる実用新案の要旨と、成立に争のない甲第七号証(本願訂正明細書)とをあわせ考えるときは、本件考案の徽章の構造は、内向周縁をもつた円形枠体(本件出願では形からみて輪体と表現しているが、要するに円形枠体である。)の内周にネジ山を設け、その内部に透明円板を収容し、その周辺を内向周縁の内側に接合させるとともに、裏面に周縁を連設しその外周にネジ山を設けた裏蓋板(本件出願では作用的に着脱円板と表現しているが、要するに裏蓋板である。)を、前記円形枠体の内周に螺合してなるものであつて、本件出願の徽章は、この構造によつて、透明円板の裏面か裏蓋板の表面かに氏名等の表示事項を直接記載するか、あるいは必要な表示事項を記載した紙片を透明円板と裏蓋板との中間に挟んで、表面外部から容易に表示事項を透視できるようにし、また透明円板によつて表示事項を保護して、汚損または消失を防止し、長期間にわたつてこれを明瞭に維持するとともに、枠体に裏蓋板を螺合したことによつて、裏蓋板の着脱が容易にでき、したがつて単に記載の変更または紙片の入替によつて、表示事項の変更が簡単にできるような作用効果を有するものと認定するのが相当である。

一方、本件審決および審決が正当として維持した原拒絶査定が本件出願の拒絶理由として引用した昭和一七年実用新案出願公告第一三三六〇号公報に記載した徽章の構造が、「中央に窓孔を穿てる断面鍵形の枠体の内部に、側周に不規則面を存せる厚き透明ガラス体を窓孔に密接せしめて装入し、且該ガラス体の下面に内面中央に模様体を貼着せる装着部と其の周全面に発光性塗料を塗布したる塗料版を附着し、且外側にピンを装着せる裏蓋を枠体口に嵌合し、且裏蓋の全周と枠体の間隙より接着剤を充填し、枠体、ガラス体、裏蓋を一体に固着せしめたる」ものであることも、被告の認めるところである。そして、成立に争のない甲第三号証(右公報)によれば、右刊行物が昭和一七年一一月一四日に当時の特許局によつて発行されたものであること、および右徽章の考案が作用効果として意図したところは、徽章の内部に装入された模様体貼着の塗料板を透明ガラス体によつて保護して、汚損または消失を防止し、長期間明瞭に維持するとともに、表面外部より容易に透視できるようにしたものであることが明らかである。

三、そこで、果して本願考案が、本件審決および原拒絶査定がいうように、右刊行物に記載されたところから容易に考えられるものであるかどうかについて考える。

本願考案の徽章と右刊行物に記載されたそれとを比較すると、両者は共に内向周縁をもつた(後者にはとくに内向周縁の記載はないが、それに窓孔を穿つとされていることから本願と同様に内向周縁を設けるものであることが明らかである。)枠体の内部に透明板を収容して周辺を枠体の内向周縁の内側に接合させ、その背面から裏蓋板を装入して一体に固着した構造のものであり、かゝる構造をそなえることによつて、内部裏蓋板の表面等に記載した表示事項あるいはこれに装入した模様体貼着の塗料板を表面外部から容易に透視することができるようにするとともに、透明板によつてこれらの標識を保護して汚損または消失を防止し、長期間明瞭に維持するという作用効果を達成するものである点においては一致する。その反面において、枠体と裏蓋板との固着手段として、前者が枠体の内周にネジ山を設け、かつ裏蓋板の外周にこれに対応するネジ山を設けて、これら二つのものを螺合して一体としたのに対して、後者では枠体と裏蓋板とを接着剤で一体に接着した点で互に相違しており、その結果、前者では裏蓋板の着脱が自由であつて、単に内部の記載の変更または挿入した紙片の入替によつて表示事項の変更が容易にできるのに反し、後者においては接着剤で固着したので、枠体と裏蓋板との分離が困難で、したがつて、内部模様体が容易に変更できないものであるといわなくてはならない。

ところで、一般に二つのものを一体に固着する手段として、螺合、溶着、接着、かしめ止め等の手段が従来用いられていることは、きわめて周知のことであり、したがつて、二つのものを一体に固着するに当つて、これら周知手段のいずれかが、必要に応じて随時、随所に採用されるべきことが技術常識であるというべきである。現に、本件審決が本件のような徽章において螺合手段が周知であることを例示するために引いた昭和一七年実用新案出願公告第二〇〇四号公報は、昭和一七年二月二一日公告にかゝるものであるが、右公報には内向周縁をもつた止縁(本件における円形枠体に相当する。)の内周にネジ山を設け、その内部に透明覆板と紋章を貼着すべき貼着板とを装入し、かつ周側にネジ山を設けた台坐(本件における裏蓋板に相当する。)を前記止縁の内周に螺合した家紋徽章が開示されていることが、争のない甲第一〇号証(右公報)によつて明らかであるが、これによつても徽章における枠体と裏蓋板との固着手段として螺合の手段が周知であることを認めることができる。そして、かくして固着された枠体と裏蓋板とが脱着自在であり、したがつてその内部に記載あるいは装入した標識を容易に変更することができることは、螺合手段を採用することによつて当然これに伴なうことが予想される作用効果であつて、そのことは前記甲第一〇号証によつて認め得る、右引用刊行物に記載された家紋徽章の構造は貼着板の両面に貼着した慶祝用および不祝儀用の二種の紋章を反転変更して使用することを作用効果とするものであることからも明らかである。してみれば、透明板の裏面または裏蓋板の表面に記載した表示事項であれ、あるいはこの両者の間に挟んだ表示事項記載の紙片であれ、標識の変更を容易にするために、枠体と裏蓋板との固着手段として、枠体の内周にネジ山を設け、裏蓋板の外周にもネジ山を設け、これら両者を螺合して一体に固着することは、従来周知の技術であるといわなくてはならない。

これを要するに、本願考案が引用刊行物に記載された考案と相違する点である枠体と裏蓋板とを螺合して一体に固着した点は設計上の微差であるに過ぎず、結局本件出願の実用新案は、審決引用の公報に記載されたものが公知である以上、これに周知の技術手段を応用すれば、特に考案力を必要としないで容易に考えられる程度のものと認められ、かつ原告が本願の構造のもたらす新規の作用効果と主張する点も、右周知の手段に当然伴なうものを出でないと考えられるので、旧実用新案法第一条に規定する登録要件を具備しないものであるとするのが相当である。

原告は、本件出願実用新案と審決引用の公報に記載されたものとは、その構造を別異にするものであり、作用効果においても根本的に相違すると主張するが、審決は右引用公報に記載された徽章を全体として引いて、これと原告の本件出願実用新案とを比較して、両者を類似と認定したものではなく、審決が右公報を引用したのは、これによつて、徽章において内向周縁をもつた枠体の内部に透明ガラス板を装入し、内向周縁に密着させ、その背面から裏蓋板を装入して、これらを一体に固着することが本件実用新案の登録出願前から公知であることを例示したまでであつて、審決はこれによつて両者の主要部分の構造が一致していることを認定したうえ、さらに両者の構造上の差異につき審理し、この差異にも考案が認められないとし、審決引用公報記載のものが公知である以上、それから容易に考えられるものとしたのであるから、原告の右主張は審決の趣旨を誤解し、これに非難を加えるものであつて、当を得ないといわなくてはならない。

四、次に、原告は、審決の理由中で昭和一七年実用新案出願公告第二〇〇四号公報を引用したことは、出願人に対し拒絶の理由を示し期間を指定して意見書提出の機会を与うべしとする旧特許法第七二条その他の規定に違反し、その手続を履行しなかつた点において違法であると主張する。しかし、審決が右公報を引用したのは、原告の本件出願について新たな拒絶理由を示したものではなく、原査定で必要に応じて容易にできるものと認めたことに対し、審決中でさらに詳しく、一般に固定手段として螺合、溶着、接着、かしめ止め等が必要に応じて随時採用されていることは技術常識であると説明し、その技術常識の一例として、本件の場合に最も適切な徽章における螺合の一例を示したまでであることは、右審決の記載自体によつて明らかである。すでに審査手続において旧特許法第七二条の手続を履践された拒絶理由を、さらに詳細に敷衍したに過ぎないものというべきであるから,あらためてこれについて右手続をふまなくても、この点には何らの違法はないと認めるのが相当である。

五、原告は、昭和一六年実用新案出願公告第八〇一四号公報の存在にかゝわらず、昭和一八年実用新案出願公告第四九六七号公報の考案が登録されたことからみても、本件実用新案は新規な考案として登録さるべきであると主張するが、これと本件とは別個の問題であるばかりでなく、右両考案は原告主張の前者における台の裏側に螺軸の先端を螺着する手段と後者における上端に懸り部を設けた取附杆を透孔より台盤の裏面に挿通する手段との差異があるにとゞまらず、なお両者の構造上若干の差異があることは、成立に争のない甲第一一、第一二号証(右両引用例)を比較することによつて明らかであるから、これをもつて前記判断をくつがえすことができない。

原告は、また本願考案と類似の考案である昭和三五年実用新案出願公告第三一二四三号の出願が本願の後願であるにかゝわらず出願公告された事実をあげて、本願を拒否することは不当であると主張するが、本願の考案が旧実用新案法第一条の考案に該当しないと認むべきこと、前記のとおりである以上、別個の出願に関する事由をもつて、本願の許否が左右されるものとは考えられないから、原告の右主張もまた採用することができない。

六、以上の理由によつて、本件出願実用新案は旧実用新案法第一条の考案に該当しないからこれが登録を許すべきではなく、これと同趣旨の本件審決には違法の点を認めることができない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!